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東京高等裁判所 平成9年(ネ)2248号 判決 1998年3月25日

控訴人(原告) 金田登志栄

被控訴人(被告) 富士紡績株式会社 外二名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一当事者の求めた判決

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人富士紡績株式会社は、原判決別紙イ号物件目録記載のゴム紐を使用してはならない。

3  被控訴人富士紡績株式会社は、その占有にかかる原判決別紙イ号物件目録記載のゴム紐を廃棄せよ。

4  被控訴人富士紡績株式会社は、原判決別紙イ号物件目録記載のゴム紐を使用したトランクスを販売し、販売のために展示してはならない。

5  被控訴人富士紡績株式会社は、その占有にかかる原判決別紙イ号物件目録記載のゴム紐を使用したトランクスを廃棄せよ。

6  被控訴人富士紡績株式会社は、控訴人に対し、金二一三〇万円及び内金一二〇〇万円に対する平成五年九月二五日から、内金九三〇万円に対する平成六年一〇月五日から、それぞれ支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

7  被控訴人西明株式会社は、原判決別紙ロ号物件目録記載のゴム紐を使用してはならない。

8  被控訴人西明株式会社は、その占有にかかる原判決別紙ロ号物件目録記載のゴム紐を廃棄せよ。

9  被控訴人西明株式会社は、原判決別紙ロ号物件目録記載のゴム紐を使用したトランクスを販売し、販売のために展示してはならない。

10  被控訴人西明株式会社は、その占有にかかる原判決別紙ロ号物件目録記載のゴム紐を使用したトランクスを廃棄せよ。

11  被控訴人西明株式会社は、控訴人に対し、金二一三〇万円及び内金一二〇〇万円に対する平成五年九月二五日から、内金九三〇万円に対する平成六年一〇月五日から、それぞれ支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

12  被控訴人株式会社桜井は、原判決別紙ハ号物件目録記載のゴム紐を使用してはならない。

13  被控訴人株式会社桜井は、その占有にかかる原判決別紙ハ号物件目録記載のゴム紐を廃棄せよ。

14  被控訴人株式会社桜井は、原判決別紙ハ号物件目録記載のゴム紐を使用したトランクスを販売し、販売のために展示してはならない。

15  被控訴人株式会社桜井は、その占有にかかる原判決別紙ハ号物件目録記載のゴム紐を使用したトランクスを廃棄せよ。

16  被控訴人株式会社桜井は、控訴人に対し、金二八一〇万円及び内金一五五〇万円に対する平成五年九月二五日から、内金一二六〇万円に対する平成六年一〇月五日から、それぞれ支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

17  訴訟費用は、第一、第二審を通じ、被控訴人らの負担とする。

18  仮執行の宣言

二  被控訴人ら

主文と同旨

第二当事者の主張

一  当事者双方の主張は、次のとおり訂正付加し、後記二のとおり当審における主張を付加するほかは、原判決事実欄の「第二 当事者の主張」のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決一〇頁六行〔知裁集二九巻二号、四四〇頁八行目〕の「(四) 基盤部は」から七行〔同上、同頁九行目〕の「突出している。」までを、

「(四) 基盤部は密の糸組成となっており、その厚さは基布全体の厚さの九分の五余りである。

(五) 凸条は基盤部から突出しており、その突出部分の厚さは基布全体の厚さの九分の四足らずである。」に改める。

2  同二四頁五行〔同上、四四六頁末行から四四七頁一行目にかけて〕の「乙第九号証」を「検乙第二号証」に改める。

3  同二九頁三行目〔同上、四四九頁三行目〕の次に、改行して、

「 なお、同(二)(2) <2>の事実は、準備手続において主張されなかったものであるから、口頭弁論においてこの事実を主張することは許されない。」

を加える。

二  当審における主張

1  控訴人

(一) 6207ゴム紐の見本短冊が展示された本件サンプル帳(検乙第二号証)は改竄された証拠であり、また、証人延命寺重義及び同吉村正司の各証言並びに乙第四号証(延命寺重義の陳述書)及び乙第三〇号証(吉村正司の陳述書)はいずれも信用することができないから、6207ゴム紐が本件登録意匠出願前に存在し、かつ、公知であったとの事実を認めることはできない。

(1)  証人延命寺重義の証言では、ゴールド・ザック社からウシオ社に送付されたゴム紐の見本短冊には金色の波線模様が付されているとされ、現に本件サンプル帳において、6207ゴム紐の見本短冊の直上に展示されている品番6771番のゴム紐の見本短冊には金色の波線模様が付されている。ところが、6207ゴム紐の見本短冊には、この金色の波線模様が付されていない。さらに、本件サンプル帳の表紙には「伸縮する」、「弾力のある」という意味の英語である「Elastic」と記載されているのに、6207ゴム紐の見本短冊の直下に展示されている品番10165番のゴム紐の見本短冊は、そのゴム紐に弾力がなく、しかも見本短冊に金色の波線模様が付されていない。したがって、6207ゴム紐の見本短冊や、品番10165番のゴム紐の見本短冊は、ゴールド・ザック社から送付されたものでないことが明らかであり、このようにゴールド・ザック社から送付されたものでない見本短冊が、同社から提供を受けたゴム紐の見本を収めたとする本件サンプル帳に展示されていることは極めて不自然である。

本件サンプル帳の八枚の台紙のうち六枚は1から6までの番号が付された透明プラスチック板であるのに対し、6207ゴム紐の見本短冊が展示されたものを含め二枚の台紙はボール紙で、見本短冊が透明ビニールテープで付着されている。このことからすれば、本件サンプル帳の台紙はもともとプラスチック板であり、ボール紙の台紙に展示された見本短冊はゴールド・ザック社から送付されたものではなく、後に作られたものであることが明らかである。しかも、二枚のボール紙の台紙の外観を比較すると、6207ゴム紐の見本短冊が展示された台紙は他一枚の台紙よりも明らかに新しいものである。このように、6207ゴム紐の見本短冊が、本件サンプル帳のもともとの台紙ではなく、後に作られたことが明らかであるボール紙の台紙の、しかも、他一枚よりも新しいものに展示されていることも不自然である。

本件サンプル帳に収められた各見本短冊は、ゴム紐が灰色プラスチック板に取り付けられているが、6207ゴム紐以外の見本短冊は灰色プラスチック板の縦幅がゴム紐の縦幅より長いか、ほぼ同じ長さであって、見本短冊を台紙に収納したときに上下の見本短冊の灰色プラスチック板同士が接触して整頓されて並んでいるのに対し、6207ゴム紐の見本短冊だけはゴム紐の縦幅が明らかに灰色プラスチック板の縦幅より長く、ゴム紐が灰色プラスチック板からはみ出しているため、台紙に収納したときに、その上下の見本短冊の灰色プラスチック板と接触せず、整頓されて並んでいない。灰色プラスチック板の入手が容易である時期に6207ゴム紐の見本短冊が作成されたのであれば、適切な縦幅の灰色プラスチック板が用いられたはずであるから、このことは、6207ゴム紐の見本短冊が、灰色プラスチック板の入手が容易でなくなった最近になって作成されたことを示すものである。

証人延命寺重義の証言では、本件サンプル帳は、同じ用途、デザインのゴム紐を同じページにまとめたとされているが、本件サンプル帳の6207ゴム紐の見本短冊が展示されているページにおいて、三条の等間隔の凸条を有するゴム紐の見本は6207ゴム紐のみであって、不自然である。

本件サンプル帳は延命寺重義が保管していたものとされているが、本件意匠権の無効審判請求事件において、同人は、当初、報告書(乙第三八、第四八号証)を提出したのみで、本件サンプル帳を提出しなかったし、同人に対する証人尋問において、その理由につき合理的な説明がなされていない。本件サンプル帳に6207ゴム紐の見本短冊が元から入っていたのであれば、同人は本件サンプル帳を当初から提出したはずであり、これを後になって提出したのは、提出するまでの間に改竄したからに他ならない。

証人延命寺重義の証言では、ウシオ社はゴールド・ザック社から本件サンプル帳とともに試験表や仕様書等のゴム紐の設計関係書類を受領しており、本件サンプル帳より仕様書の方が重要であるとされている。そうであれば、本件サンプル帳が残存しているのに仕様書が散逸しているのは極めて不自然である。

証人吉村正司は、本件サンプル帳が差し替えられた可能性のあることを認める証言をしている。

以上のとおり、本件サンプル帳ないし6207ゴム紐の見本短冊には不自然な点が多々あり、本件サンプル帳が本件訴訟提起後に6207ゴム紐の見本短冊を付け加えて改竄されたものであることは明らかである。

(2)  本件サンプル帳自体からは、それが本件登録意匠出願前から存在していたことや、6207ゴム紐が本件登録意匠出願前から公知であったことは裏付けられず、他にこれらの点を明らかにする客観性のある証拠も存在しない。そして、本件登録意匠出願前から、本件サンプル帳が存在し、かつ、公知であったとする証人延命寺重義の証言及び同人の陳述書(乙第四号証)並びに証人吉村正司の証言及び同人の陳述書(乙第三〇号証)は、次のとおり全く信用することができない。

すなわち、本件登録意匠が三条の等間隔の凸条を有する意匠となった主な理由は、等間隔の四本針のミシンでゴム紐をトランクスに縫製する際に針の落ちる箇所を凹ませることにあるが、証人延命寺重義及び同吉村正司の各証言により、同人らは、取引先のトランクスメーカーがどのようなミシン針を使用しているか全く知らなかったこと等が明らかとなり、このような本件登録意匠の開発経緯や、開発意図を理解していなかったことが認められる。

のみならず、証人延命寺重義は、本件登録意匠のような三条の等間隔の凸条を有するゴム紐の製造販売開始時期、三条の等間隔でない凸条を有するゴム紐の製造販売開始時期、三条の等間隔の凸条の下に三センチ程の平らな部分がついていたというゴム紐の凸条の幅や用途等について、また、証人吉村正司は、三条の等間隔でない凸条を有するゴム紐の製造販売開始時期について、それぞれ矛盾した供述を繰り返しており、同人らがこれらの点について虚偽の供述をしていることが明らかである。

さらに、証人延命寺重義及び同吉村正司とも、ウシオ社におけるゴム紐の品番とデザインとの関係につき不合理で矛盾した供述を行っているほか、証人延命寺重義は、本件サンプル帳に貼付された「ELASTIC LTD BASLE」とのシールにつき、その「BASLE」が、スイスの地名バーゼル(BASEL)のことである旨の虚偽の供述をし、自己のウシオ社への入社年月日についても供述を変遷させ、報告書(乙第三八、第四八号証)に記載した数値につき実際には存在しないことが明らかである資料に基づくものとの供述をする等、虚偽の供述を繰り返している。

また、証人延命寺重義の証言では、ウシオ社においては、和議手続の開始後も、新製品の開発、サンプル帳の作成の能力を有していたとのことであるから、新製品の開発に伴って、その販売のための新たなサンプルをサンプル帳に追加し、販売しなくなった製品のサンプルを取り外すことが行われたはずであって、本件サンプル帳の中身を全く差し替えることなく、昭和五八年までこれを営業に使用していたとする証人吉村正司の供述が虚偽であることも明白である。

このように証人延命寺重義及び同吉村正司の各証言には全く信用性がなく、同人らの証言及び陳述書(乙第四、第三〇号証)に基づいて、本件登録意匠出願前から、本件サンプル帳が存在し、かつ、公知であったとの事実を認定することはできない。

(二) 原審裁判所は、控訴人の平成六年一〇月四日付文書提出命令の申立てに対し、何らの裁判をすることなく、口頭弁論を終結して終局判決をしたものであって、その措置は違法である。

2  被控訴人ら

控訴人の主張は争う。

本件サンプル帳が改竄されたものであり、証人延命寺重義及び同吉村正司の各証言が信用性がないとする控訴人の主張はいずれも根拠がないものである。

理由

一  当裁判所も、控訴人の本件各請求はいずれも理由がないものと判断する。

その理由は、次のとおり訂正、削除、付加し、控訴人の当審における主張に対し後記二のとおり判断するほかは、原判決理由欄と同じであるから、これを引用する。

1  原判決三二頁一〇行〔知裁集二九巻二号、四五〇頁一五行目〕の「本件登録意匠の構成態様(四)に関し、」から三三頁一行〔同上、同頁一六行目〕の「認められる。」までを、「本件登録意匠の構成態様(四)に関し、本件登録意匠にかかるゴム紐の基盤部は、密の糸組成となっており、その厚さは基布全体の厚さの九分の五余りであることが認められる。」に改める。

2 同三三頁七行〔同上、四五一頁二行目から三行目にかけて〕の「突出していることが認められる。」を「突出していること、したがって、請求原因4(二)の(4) 及び(5) の構成態様をも有していることが認められる。」に改める。

3  同三四頁八行〔同上、四五一頁一二行目〕の「第一七号証の一、二」を「乙第一七号証の一、二」に改める。

4  同三八頁九行〔同上、四五三頁七行目〕の「63・11・25」を「60・11・25」に改める。

5  同四五頁六行〔同上、四五六頁六行目〕の「乙第九号証、」を削り、同頁七行〔同上、同頁七行目〕の「乙第三〇号証、」の次に、「弁論の全趣旨によりゴールド・ザック社からウシオ社に提供されたゴム紐のサンプル帳であると認められる検乙第二号証、」を加える。

6  同四七頁二行〔同上、四五七頁一行目〕、五〇頁三行〔同上、四五八頁六行目〕、同頁四行〔同上、同頁八行目〕、六二頁五行〔同上、四六三頁一四行目〕の各「乙第九号証」を、いずれも「検乙第二号証」に改める。

7  同五一頁九行から一〇行〔同上、四五八頁末行から四五九頁一行目にかけて〕の「見本短冊が納められているが、」を「見本短冊が収められているが、」に改める。

8  同六三頁一行〔同上、四六四頁二行目〕、六四頁三行〔同上、同頁一三行目〕の各「糸構成」を、いずれも「糸組成」に改める。

二  控訴人の当審における主張について

1  本件サンプル帳が改竄された証拠であるとの主張について

ウシオ社がゴールド・ザック社から、用途別にゴム紐の見本を集めたサンプル帳のほか、短冊状のプラスチック板に取り付けられたサンプル帳に収められている個々のサンプルと同じ型式の追加のサンプルの提供を受けており、見本短冊に金色の波線模様が付されていないものは追加分であった可能性があること、本件サンプル帳に収められた合計七五本の見本短冊のうち金色の波線模様の付されていないものは6207ゴム紐の見本短冊を含めて一七本あり、それらの状況も波線模様のないこと以外は他の見本短冊と異ならないことは前示(原判決四六頁三行から一〇行〔同上、四五六頁一二行目から一七行目〕、五一頁九行から一〇行〔同上、四五八頁末行から四五九頁一行目にかけて〕、五六頁三行から九行〔同上、四六一頁三行目から七行目〕)のとおりであり、6207ゴム紐、あるいは品番10165番のゴム紐の見本短冊に金色の波線模様が付されていないからといって、それらがゴールド・ザック社から送付されたものではないということはできない。

また、本件サンプル帳の表紙部分上段には「Elastic Samples」と印刷されているが、台紙の透明プラスチック板右上端部には「ELASTIC LTD」「BASLE」と記載されたシールが貼付されていることも前示(原判決五〇頁六行から七行〔同上、四五八頁九行目から一〇行目〕、五二頁六行から七行〔同上、四五九頁七行目から八行目〕)のとおりであって(なお、乙第七三、第七四号証によれば、「BASLE」はスイスの都市バーゼルを指すものと認められる。)、このことからすると、本件サンプル帳に記載された「Elastic」はゴールド・ザック社と関係のある法人の名称であると考えられ、したがって、品番10165番のゴム紐の見本短冊に弾力性がないことも、それがゴールド・ザック社から送付されたものではないことを示すものとすることはできない。

さらに、本件サンプル帳の全ての透明プラスチック板の台紙に傷みがあること、その傷みの状況からすれば、見本短冊がボール紙の台紙に貼られているのは、透明プラスチック板が破損したため、便宜上透明プラスチック板からはずしてボール紙に貼り付けられた可能性が高いことも前示(原判決五二頁一一行から五三頁二行〔同上、四五九頁一〇行目から一二行目〕、五六頁一一行から五七頁六行〔同上、四六一頁八行目から一二行目〕)のとおりであり、このことからすれば、6207ゴム紐の見本短冊が、本件サンプル帳に二枚あるボール紙の台紙の、他一枚よりも新しいものに展示されていることも格別不自然な状況であるとはいえない。

控訴人は、本件サンプル帳に収められた各見本短冊のうち、6207ゴム紐以外の見本短冊は灰色プラスチック板の縦幅がゴム紐の縦幅より長いか、ほぼ同じ長さであるのに対し、6207ゴム紐の見本短冊だけはゴム紐の縦幅が灰色プラスチック板の縦幅より長く、ゴム紐が灰色プラスチック板からはみ出しているとし、これを前提として、6207ゴム紐の見本短冊が、灰色プラスチック板の入手が容易でなくなった最近になって作成されたものと主張するが、検乙第二号証によれば、6207ゴム紐の見本短冊のほか、品番6742番(cl.1735)、6628番(二本)、6713番、6714番(二本)、6618番、6684番、6712番、6244番(二八ミリメートルのもの)、6541番(Dess.9453)の各ゴム紐の見本短冊においても、ゴム紐の縦幅が灰色プラスチック板の縦幅より長く、ゴム紐が灰色プラスチック板からはみ出していることが認められるから、控訴人の右主張はその前提を欠くものであって、理由がないことが明らかである。

控訴人は、また、証人延命寺重義の証言では、本件サンプル帳は、同じ用途、デザインのゴム紐を同じページにまとめたとされているとしたうえ、本件サンプル帳の6207ゴム紐の見本短冊が展示されているページにおいて三条の等間隔の凸条を有するゴム紐の見本は6207ゴム紐のみであることが不自然であると主張するが、同証言によっても、ゴム紐のデザインに関しては「大体デザイン的にも似たものが入っている」という程度の漠然とした分類を述べるに止まっているのみならず、検乙第二号証によれば、本件サンプル帳全体に展示されたもののうちで、三条の等間隔の凸条を有するゴム紐の見本は6207ゴム紐のみであることが認められるから、それが展示されているページにおいて、三条の等間隔の凸条を有するゴム紐の見本が6207ゴム紐のみであること自体が不自然であるとすることはできない。

さらに、控訴人は、延命寺重義が保管していた本件サンプル帳が、本件意匠権の無効審判請求事件において提出された時期や、本件サンプル帳が残存しているのに仕様書が散逸していることを取り上げて、本件サンプル帳が改竄されたものと主張するが、延命寺重義自身が右無効審判請求事件の当事者ないし直接利害関係を有する者であることを認めるに足りる証拠はなく、そうであれば、本件サンプル帳が同人から右事件の当事者又は代理人等に交付されて証拠として提出されるまでの間にある程度の時間的経過があっても何ら不自然ではないし、また、証人延命寺重義の証言によれば、本件サンプル帳は、他の四、五冊のサンプル帳とともに、ウシオ社に対する和議手続の開始後も、同人の所管していたウシオ社の大阪営業所に残っていたのに対し、控訴人主張の仕様書の管理は同人の所管外であったことが認められるのであるから、本件サンプル帳が延命寺重義が保管したために残存し、他方、仕様書は散逸してしまったとしても不自然であるということはできない。

なお、控訴人は、証人吉村正司は本件サンプル帳が差し替えられた可能性のあることを認める証言をしていると主張するが、同証言部分は、ウシオ社において同人自身が本件サンプル帳保管の任に当たっていたものではないことを表現したものにすぎず、これが差し替えられた形跡のあること等を述べたものではないから、同証言部分を根拠として、本件サンプル帳が改竄されたものであるとすることもできない。

以上のように、本件サンプル帳が改竄されたものであるとする控訴人の主張は、いずれも極めて薄弱な根拠に基づくものであって、到底採用し得るものではない。

2  本件サンプル帳が本件登録意匠出願前に存在し、公知であったと認めることはできないとの主張について

乙第四、第六、第三〇号証、検乙第二号証、証人延命寺重義及び同吉村正司の各証言により、ウシオ社が昭和四七年ころまでにゴールド・ザック社から本件サンプル帳の送付を受け、6207ゴム紐の見本短冊がその当初から、又は追加のサンプルとして送付されたものであったとしても遅くとも昭和五〇年ころまでには本件サンプル帳に収められて、事後、ウシオ社の営業部員により、6207ゴム紐の見本短冊が収められた本件サンプル帳を示しての各取引先に対する営業活動が昭和五八年までの間の相当期間行われたことが、特にその期間については、ウシオ社とゴールド・ザック社との技術提携がなされた昭和四五年一〇月(乙第六号証)と、昭和五八年のウシオ社に対する和議手続の開始によって画されるものとして、これを認めることができる。

控訴人は、証人延命寺重義及び同吉村正司の各証言並びに同人らの陳述書(乙第四、第三〇号証)が虚偽である旨縷々主張するところ、そのうち、ウシオ社においては、和議手続の開始後も新製品の開発に伴いその販売のための新たなサンプルをサンプル帳に追加し、販売しなくなった製品のサンプルを取り外すことが行われたはずであるから、本件サンプル帳の中身を全く差し替えることなく、昭和五八年までこれを営業に使用していたとする証人吉村正司の供述が虚偽であるとの主張は、ウシオ社が本件サンプル帳に、ゴールド・ザック社から提供を受けたサンプルのほか、自社開発にかかる製品のサンプルをも収めていたとの事実を前提とするものであるが、かかる前提事実を認めるに足りる証拠はないから、右主張全体が失当である。

また、右控訴人の主張のうち、その余のものは、いずれもウシオ社の営業部員による、6207ゴム紐の見本短冊が収められた本件サンプル帳を示しての各取引先に対する営業活動が遅くとも昭和五〇年ころから昭和五八年までの間の相当期間行われたことと、直接の関わりをもつものではなく、前示認定を何ら左右するものとはいえない。

したがって、証人延命寺重義及び同吉村正司の各証言並びに乙第四、第三〇号証に基づいて、本件登録意匠出願前から、本件サンプル帳が存在し、かつ公知であったとの事実を認定することはできないとする控訴人の主張を採用することはできない。

3  原審裁判所が文書提出命令の申立てに対し、何らの裁判をすることなく口頭弁論を終結して終局判決をしたことが違法であるとの主張について

原審訴訟記録に徴すれば、原審裁判所は、控訴人の平成六年一〇月四日付文書提出命令の申立てに対し、明示の採否の裁判をすることなく、口頭弁論を終結して、終局判決をしたことが認められる。

しかしながら、一般に、当事者の証拠申出に対し、これを採用しない場合であっても、明示の不採用の裁判をすることなく口頭弁論を終結する取扱いが少なくないことは当裁判所に顕著である。そして、かかる場合には、訴訟記録中の証人等目録の採否の裁判の欄は空欄のままとされるが、証拠申出に対する不採用の裁判が黙示的になされたものと解すべきであって、このように解したとしても、一般に、証拠の採否の裁判に対しては、独立の不服申立てをすることが許されないから、当事者に不利益を及ぼすことにはならない。

もっとも、文書提出命令の申立てに関する決定に対しては即時抗告をなすことができるものとされている(民事訴訟法(平成八年法律第一〇九号)附則二条による削除前の民事訴訟法(明治二三年法律第二九号)三一五条)。しかし、文書提出命令の申立てを採用しないとの決定が、その必要性がないことを理由とする場合には同条の適用はなく、一般の証拠の採否の裁判と同様に、本案事件の判決に対する上訴において、その適否を争うべきものと解される。そして、原審裁判所が、控訴人の損害額算定にかかる右文書提出命令の申立てを採用しなかったのは、その必要性がないことに基づくものであることは、審理の経過及び原判決に照らして明白であるから、結局、原審裁判所の前示の措置が違法であるとすることはできない。

なお、右に述べたことは、民事訴訟法(平成八年法律第一〇九号)二二一条に基づく文書提出命令の申立てに関しても同様であるものと解される。

三  よって、控訴人の本訴請求をいずれも棄却した原判決は正当であって、本件控訴は理由がないから、これを棄却することとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法六一条、六七条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 田中康久 石原直樹 清水節)

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